大判例

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和歌山地方裁判所御坊支部 昭和56年(わ)1号 判決

主文

被告人を罰金一万五〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

被告人に対し選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五五年六月二二日施行の参議院議員通常選挙及び衆議院議員総選挙に際し、参議院全国区から立候補した小巻敏雄、同和歌山県地方区から立候補した黒木清、衆議院和歌山県第二区から立候補した井上あつしの選挙運動者であるが、別表記載のとおり単独または玉野金兵衛と共謀のうえ、右候補者らに当選を得させる目的で、同月三日ごろから同月一九日までの間、和歌山県御坊市園一一六番地辻千世方ほか八名方において、同女ほか八名に対し、前記候補者らの氏名、顔写真、略歴等を記載した選挙運動用のビラ、パンフレットなど合計四五枚(昭和五五年押第一〇号の一ないし三四)を配布し、もって、法定外選挙運動用文書を頒布したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示各所為は包括して刑法六〇条、昭和五七年法律第八一号附則一四条により同法律による改正前の公職選挙法一四二条一項、二四三条三号に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一万五〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金三〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により公職選挙法二五二条四項により同条一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮し、訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(弁護人らの主張に対する判断)

一  公訴権濫用の主張について

弁護人らは、本件起訴は客観的嫌疑がないのになされたものであり、また、日本共産党に弾圧を加えようとの政治的意図のもとになされた極めて差別的偏頗な起訴であり、同党に対する弾圧と候補者井上敦を落選させるとの政治的意図をもって警察本来の犯罪の防止の役割を逸脱してなされた違法捜査に基づくもので。公訴権の濫用にあたることが明白であるから公訴棄却の判決をすべきである旨主張する。しかし、本件公訴は最高裁判所の判例に照らし犯罪を構成する事実を内容とするものであり、本件審理の結果に徴しても起訴当時右犯罪の嫌疑は十分存在したものと認められる。本件起訴が弁護人らの主張するような政治的な意図のもとになされたものと認めるに足りる証拠はなく、また、本件が犯情においても明らかに不起訴処分にすべき事案であるとも認められない。本件に関する捜査の経過をみても犯罪に対する捜査として公訴提起の効力を左右する程の違法な点があったとは認められない(警察が本件の捜査の端緒を得た後も被告人に対し警告等しなかった点も捜査の経過に照らし特に不当ないし違法であったとは言い難い)。その他、審理の結果に徴しても本件起訴が公訴権の濫用に当たることを認めるに足りる事情は認められない。したがって、右主張は採用できない。

二  憲法違反の主張について

1  弁護人らは公職選挙法二四三条一項三号、一四二条一項は憲法二一条一項に違反する旨主張する。

公職選挙法(昭和五七年法律第八一号による改正前のもの、本項につき以下同じ)一四二条は選挙運動のため使用する文書図画のうち頒布できるものの種類形態数などを定め右以外の頒布を禁止し同二四三条三号は右禁止に違反する行為の処罰を定めているところ、選挙運動としてなされる文書図画の配布は思想意見の表現活動としての面を持ち法律によるその規制は憲法二一条の表現の自由を制約するものであることは明らかである。そして、我国の議会制民主主義の下で政治的な意見の表明など表現の自由がとりわけ重要な基本的人権であり十分尊重されなければならない。しかし、その一方で、憲法は、民主政治の基本である公職の選挙において各候補者が平等の立場で公平な手段で選挙運動を行うことができることを選挙の公正に不可欠の要件としこれを含む選挙の公正の確保を強く要請しているものと解される(憲法一四条一項、一五条三項、四四条、四七条)、そして、このような選挙の公正を確保する目的で選挙運動の手段を規制することは、合理的で必要やむをえない限度にとどまる限り、憲法に違反するものではないと解される。そこで、右の見地から公職選挙法一四二条、二四三条三号を見ると、右各規定は、公職の選挙の選挙運動のため使用される文書図画について、その頒布を無制限に認めると、候補者間に過当な文書図画頒布の競争を招き、過大な費用と労力の使用を余儀なくさせ、候補者間の資力の優劣が選挙の結果に過大な影響を及ぼし選挙の公正を害するおそれがあるため、このような弊害を防止する目的で文書図画の頒布を法定の範囲に限定する趣旨の規定と解することができ、右目的は正当で、その目的を達するため頒布しうる文書図画の種類数量等を規制しその違反に対し相応の罰則を設けることも必要かつやむをえないものと認められる。そして、右各規定の定める許容される文書図画の種類数量、形式犯としての罰則の規定、刑罰の程度等具体的な規制内容が合理的で必要やむをえない限度を超えるものとも認められない(その規制内容が適切妥当であるか否かという点については論議の余地があるとしても、右各規定の定める規制内容が選挙運動を定める国会の裁量権(憲法四七条)の範囲を超えたものであるとは認められない)。右各規定は憲法二一条一項に違反するものではないと解される。したがって、右主張は採用できない。

2  弁護人らは、また、公職選挙法一四二条一項、二四三条一項三号を本件に適用することも憲法二一条一項に違反する旨主張するが、公職選挙法一四二条、二四三条三号(前記改正前のもの)は憲法の右規定に違反しないのであるから、右主張も採用できない。

3  弁護人らは、また、公職選挙法一四二条一項、二四三条一項三号が憲法三一条に違反する旨主張するが、同法一四二条、二四三条三号(前記改正前のもの)の定める規制をしその違反に対し罰則を設けること必要やむをえないものと認められるし、刑罰の程度の点も含むその具体的な規制内容が合理的で必要やむをえない限度を超えるものとも認められないから、右主張も採用できない。

三  公民権停止、規定が違憲であるとの主張について

1  弁護人らは、公職選挙法二五二条は、若干の例外を除く選挙犯罪につき一律に原則として公民権を停止することとしているが、文書図画頒布制限規定に違反したことなどを理由に公民権を停止することは憲法前文、一五条に違反し、罰金刑相当の選挙犯罪についても公民権を停止するのは著しく罪刑の均衡を失しており、また、一般犯罪の受刑者と比較して罰金処刑者や刑の執行猶予された者でも公民権が停止されることの合理的説明は困難であって、公職選挙法の右規定は憲法に違反する旨主張する。しかし、右の公民権停止に関する規定は、一定の選挙犯罪を犯し選挙の自由公正を害した者は相当期間選挙に関与せしめないようにすることが選挙の公明適正化の見地から望ましいとの趣旨に基づくものであり、弁護人らの主張する文書図画頒布罪等、あるいは、罰金刑に処し刑の執行を猶予するのを相当とする事案であっても、犯情によっては公民権の停止を相当とする場合もあり、しかも、公民権停止に関する右規定は情状により公民権停止の規定を適用せず停止の期間を短縮することができることも合わせ規定していることに鑑みると、右公民権停止の規定はその必要性合理性が認められ、罪刑の均衡を著しく欠くものともいえない。同規定は憲法前文、一五条その他憲法に違反するものではないと解される。よって、右主張は採用できない。

2  弁護人らは、また、本件に右公民権停止の規定を適用し公民権を停止することは憲法一五条に違反する旨主張するが、本件にあらわれた一切の情状に鑑みると前記判示の限度で被告人の公民権を停止することが相当であり、右規定を適用しその限度で公民権を停止することは憲法一五条に違反するものではないと解される。よって、右主張もまた採用できない。

四  本件の被告人の行為が公職選挙法一四二条一項、二四三条一項三号に該当しないとの主張について

1  弁護人らは、被告人には、右各規定の定める罪を犯す故意がなかった旨主張する。そこで、検討するに、本件で頒布された文書(以下「本件文書」という)が後援会活動に関する記載部分もあるがその外形内容から選挙運動のため使用する趣旨が推知されるものであることは次項に述べるとおりである。そして、関係各証拠によれば、被告人は昭和五五年五月ごろ顔見知りの青年から選挙のビラやけど配ってくれるよう言われ本件文書を受け取ったこと、そしてそのころ少なくとも本件文書の一部を見ていること、しかしその後しばらく体調が悪かったため結局前判示のとおり同年六月に入ったころから、本件文書に記載された井上あつし候補らに同月二二日の投票日に一人でも多く投票してもらいたいとの趣旨で同文書を頒布したことが認められる。これによると、被告人が本件犯行時本件文書の全部を見ていなかったとしても本件文書が前記のとおり公職選挙法一四二条(前記改正前のもの)にいう選挙運動のため使用する文書であるとの認識を有していたものと認められる。被告人は同法二四三条三号、一四二条一項(前記改正前のもの)の罪の故意を有していたものといわざるをえない。なお、弁護人らは、被告人が本件選挙の公示日がいつか、選挙運動期間がいつか、選挙運動期間の何たるかを知らなかった旨主張するが、右の罪については頒布行為がその主張の選挙運動期間内になされることが犯罪の特別構成要件の内容となっていないことは明らかであるから右の点から同罪の故意がないとすることはできない。よって、右主張は採用できない。

2  弁護人らは、また、本件文書が公職選挙法一四二条一項にいう選挙用文書に当たらない旨主張する。そこで、検討するに、右規定(但し前記改正前のもの)にいう選挙運動のために使用する文書図画とは、その外形内容からみて選挙運動(特定の公職の選挙につき、特定の立候補者または立候補予定者に投票を得もしくは得させる目的をもって、直接または間接に必要かつ有利な周旋、勧誘もしくは誘導その他諸般の行為をすること)に使用する趣旨が推知されうる文書図画をいうものと解される。そして、この見地から、押収してある本件文書を検討すると、本件文書は、そこに記載された井上あつしら三名が国政レベルの選挙に出馬することを知らせ一般有権者らに対しその際の支援などを依頼する趣旨を含むものであると推知するに十分である。なお、特定の選挙における当選を目的とするものであること等が具体的に記載されていることは必ずしも必要でなく、これを見る者が頒布の時期、場所、当該選挙における立候補予定者などの状況から特定の選挙における特定の人の当選を目的とするものであることが了解されうるものであれば足りると解すべきであり、この見地からすると、関係各証拠に照し、本件文書が、前記判示の選挙に際し、同判示の選挙区から立候補した同判示の各候補者の選挙運動のため使用する文書であることが十分認めうる。また、本件文書の中には、本来右各候補者の後援会の入会勧誘のため作成された文書であることがうかがわれるものがあるけれども、選挙運動のため使用するものと推知されうる文書である限り、それが文書本来の、または主たる目的であることを要するものではなく、それが唯一の目的であることも要しないと解されるから、この点も右の判断を左右しない。したがって、右主張もまた採用できない。

3  弁護人らは、さらに、本件における被告人の行為は主権者たる国民の一人としての当然の行為であり何ら違法性を有しておらず、言論表現の自由の権利の行使として正当な行為であり、可罰的違法性がない旨それぞれ主張する。しかし、前記二1で説示したとおり、公職選挙法一四二条、二四三条三号(前記改正前のもの)が、そこに説示した目的のため所定の規制をしていることは形式犯としての罰則の定め方を含め合理的で必要やむをえない限度を超えるものではなく、その限度で憲法二一条の表現の自由その他の人権が制約を受けるのもやむをえないものと認められる。よって、右主張もまた採用できない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井一郎)

別紙 〈省略〉

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